グロテスクな感性を内包するカミツキ亀

大学時代の友人に当時大人気だった女性グループアイドルに所属する1人のメンバーの大ファンがいた。アイドルに夢中になったことの無い自分には、彼のアイドルに対する異常に近い距離感に異様な感覚に思えた。さらに異様だったのは、別の女性アイドルのことをまるで知り合いかの如く毛嫌いしていたことである。別にそのアイドルに何かされたわけではないらしいが、彼自身の現実生活に全く関与することのない偶像をこれほどまでに嫌悪する心情が理解できなかった。その数年後、勤め先の30代後半の同僚にも、ある女性アーティストや女優に対し、同級生に対するような生々しい嫌悪感を表明する人がいた。こちらは聞いていないにも関わらずである。

以前、作家の高村薫氏の講演を文字に起こした中で「純文学を楽しむには特殊な能力が必要」というようなことをいっていたのを思い出す。

Twitter電凸で自身の生活環境に属さず関与しない事物や人に対し、あたかも関係者や関連業界に対するが如く感情をぶちまける人などもひっくるめ、何か特殊な感性を内包する人がSNSの登場で大手を振っているように感じる。